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東京地方裁判所 昭和33年(行)31号 判決

原告 西川不動産株式会社

被告 日本橋税務署長

訴訟代理人 広木重喜 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三〇年六月二〇日付でした原告の自昭和二七年三月一月至昭和二七年八月三一日事業年度の所得金額四四、三九六、四〇〇円、法人税額一八、六四六、四八〇円とする更正処分及び過少申告加算税額九三二、三〇〇円とする決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。

一、原告は、自昭和二七年三月一日至昭和二七年八月三一日事業年度(以下本件事業年度という。)の所得に関し、別紙第一目録記載のような計算(貸方欄の長期借入金の内訳は別紙第二目録記載のとおり。)により所得金額を欠損五五八、五〇〇円として、同年一〇月三〇日被告に対し確定申告した。しかるにこれに対し、被告は昭和三〇年六月二〇日付で、別紙第三目録記載のような加算除算の計算のもとに当該所得金額を四四、三九六、四〇〇円、法人税額を一八、六四六、四八〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を九三二、三〇〇円とする決定(以下これらを併せて本件更正処分という。)をなして原告に通知した。そこで原告は、法定期間内に東京国税局長に対し審査の請求をしたのであるが、同局長は昭和三三年一月六日付で審査の請求を棄却する旨の決定をし、原告は同月八日その通知を受けた。

二、しかし、本件更正処分は次のような理由によつて違法である。被告が本件更正処分をなすにあたりなした加算除算のうち、加算の部の「架空借入金否認(土地売却益計上洩)四五、〇〇〇、〇〇〇円」を除くその余の計算の当否については、原告として、本訴においてこれを争わないが、右借入金否認は原告が計上した訴外株式会社白木屋(以下白木屋という。)からの長期借入金四千五百万円についてこれが借入金としては架空のものでむしろ土地売却益とみるべきものであるとしてなされたものであるところ、以下に詳述するとおり、右借入金は真実白木屋との間の消費貸借契約に基きなされたもので、なんら架空のものではないから、これを架空借入金なりと誤認し原告の所得計算上これを加算してなした本件更正処分は違法である。

1.原告が白木屋から本件四千五百万円の借入金をなした経緯

原告は昭和二五年四月東京都中央区日本橋通三丁目六番地の一に西川ビルデイングの建築を始めたか、法規上その他止むを得ざる事由のため建物の増坪、設備の追加等の設計変更を余儀なくされ、かつ折柄のいわゆる朝鮮ブームによる資材の騰貴等により建築費は当初の予算額一億六千万円を上廻る額即ち二億一千五百三十九万二千円を要することとなつた。一方、本建築の重要資金源であるビル使用契約者からの借入金及び敷金一億二千七百八十五万八千円は、当初の建築予算で割出しのうえ既に賃貸契約者から収受済であつたので、予算超過を理由に追徴することは不可能な状態にあり、結局昭和二七年二月現在において八千七百五十三万四千円の資金不足となり、これが早急な調達をせまられることとなつたが、当時不動産金融は殆んど不可能な状勢下にあつた。そこで原告は止むを得ずその所有の別紙第四目録記載の物件(以下本件物件という。)を売却することを決意するに至つたが、これに先立ち原告と訴外株式会社伴伝商店(以下伴伝商店という。)との間に本件物件に関し係争中(罹災都市借地借家臨時処理法の非訟事件)であつたところ、同年一月二二日東京高等裁判所において、本件土地のうち二〇〇坪四合一勺について及び本件建物のうち中央の一戸建坪一〇坪二階五坪について伴伝商店に借地権、借家権があることを確認する趣旨の原告に不利な決定がなされるに至つたが、本件建物には伴伝商店の外にも七人の借家人が居住していた。

当時白木屋は都内の他のデパートとの対抗上至急に売場を拡張する必要にせまられて、その隣地である訴外株式会社伴伝(以下伴伝という。)の所有地を買収したい意向を有していたようであるし、伴伝においても本件土地が使用できるなら、その所有地を白木屋に売却する用意があつたもののごとくである。本件土地に対する伴伝商店の前記借地権が確認されてからは、伴伝としては一層その感を強めたようであつた。因みに、伴伝商店と伴伝とは代表取締役を同じくする同系会社である。このような情勢下において白木屋は昭和二七年四月末頃その出入の仲介業者藤本利男を通じて「伴伝商店の借地権が確定した土地であるから安く売らぬか」との申入をなし、たまたま同人は原告出入りの仲介業者でもあつたため、ここに原告は同人を通じて積極的に白木屋と本件物件の売買の交渉を重ねるに至つた。当時白木屋は拡張工事を焦眉の急としていたようであつたから、交渉の如何によつては、原告にとつて相当好条件で妥結するものとの見方から「土地については敗訴したのであるから安くても止むを得ないが、無利子の長期借入金に応じて原告の必要資金九千万円を出すなら売却する」と答えたのに対し、白木屋側は長期借入金を含めて六千万円という線を出してきた。以後数回の交渉を重ね、借入金の条件及び物件代をめぐつて一時棚上げ状態に立至つたのであるが、白木屋はその後七千万円から八千万円迄せり上げてきたので、原告も遂にこの線で処分することを決意し、後述の契約を結ぶこととしたのである。前記のとおり、本件土地は当時既に伴伝商店の借地権を負担しかつ同地上の家屋には多数の借家人が居住していたから、これを現実に使用するまでには多大の費用と長年月とを要し、しかもなおその見込は薄いような状態であつた。このような土地に対する一般の需要はきわめて薄く、前記のような白木屋並びに伴伝の特殊の需要を除いては他にこれを求める方が無理であつた。因みに、原告の白木屋に対する本件土地売却後、本件土地は伴伝において白木屋の隣接地たるその所有地と引換えにこれを取得したが、その後三年余を経た昭和三一年六月当時未だに本件家屋居住者と紛争中であり当時までに解決したのは五軒分にすぎずその立退費用として約九千二百万円が支出されている状態であると聞いている。

かくて昭和二七年八月二六日原告と白木屋との間に次のような契約(甲第三号証。以下本件契約という。)が成立した。すなわち、「原告は本件物件を代金三千五百万円で白木屋に売渡し、同時に白木屋は原告に四千五百万円を貸付ける。同貸付金は二〇ケ年据置き二一年目の昭和四八年八月二〇日を第一回目とし以降毎年八月二〇日限り百分の二に相当する金額を償還する。同貸付金は、無利子、無担保とする。」そして、白木屋は原告に対し右契約と同時に貸付金四千五百万円及び売買代金の内金二千五百万円を交付し(貸付金四千五百万円と売買代金の内金五百万円計五千万円は小切手で、売買代金の内金二千万円は同年九月三〇日を満期とする約束手形で)、売買代金の残金千万円については同年一一月末日迄に大文字屋の部分を空家として引渡すときに支払うと約したうえ白木屋は同年一一月二八日右千万円を小切手で原告に支払つた。

2.借入金四千五百万円の性格

(一)  以上に述べたとおり、四千五百万円は本件物件売却の一条件として白木屋より原告に貸与されたものである。その意味において売買代金と不可分のものではあるが、その故にそれが借入金であることを否定する根拠はない。たとい返済期限が長期にわたろうとも、期間中利息を附すまいと、それが法律上返済を請求し得ないものでない限りその借入金たる性格を否定することはできない。原告としてはもとより、これを借入金として処理し又そのように株主総会でも報告しているし期限が来ればこれが返済をなす意思を有するものである。白木屋もまた三千五百万円を売買代金、四千五百万円を長期貸付金として処理しており(もつとも白木屋では当初右計八千万円を一緒にして建設仮勘定中の物件代として処理していたが、それはあくまで過渡期における仮勘定であつて、昭和三〇年七月二五日内金四千五百万円を本勘定に移して長期貸付金に振替え、長期貸付金として処理して現在に至つている。現に合併後の株式会社東横(社名変更)第七九期(自昭和三三年二月一日至同年七月三一日)有価証券報告書においては右四千五百万円を原告に対する長期貸付金として計上している。)、原告に対しその返済を求めること疑を容れない。このように当初より貸付金として交付された四千五百万円が、契約当事者の意思によらないでその性質を変更することはあり得ず、又現在まで変更されたことはないし、将来もまたあり得ることとは思われない。

(二)  そもそも終戦後建築された、又現に建築されつつある多くのビルの建築資金調達の方式は、ビルの借受希望者から保証金その他の名目で前もつて一定額の長期借入金をなし、一定の据置期間後年賦償還する形態をとつている。もとより権利金として徴収することもあるか、しかるときは、これは当該個人は法人の所得となるから課税の対象となり、税額相当部分を余分に調達する必要にせまられ、いきおい徴収額は高額とならざるを得ず、需要者を求めることが困難となろう。かくて近時ビル建築資金の調達方法は、権利金徴収の形態より長期借入金の形態に変貌しつつあるといえよう。

この点は所要資金調達のために行う売買についても同様なことがいえる。いま一定額の資金調達のため不動産を処分する場合においても、その金額を売買代金として収受するときは、資金需要額に税額相当額を余分に見積つた額をもつて売買価格とせざるを得ないが、このようなことは、条件の良い土地を充分の余裕をもつて売るか又は最も幸運な場合でない限りその成果は望めない。しかるに、その売買代金を少額にて我慢しその不足額を長期借入の方法に依るならば、買主の方としても将来に返済を受ける楽しみを残すから比較的容易に売買のまとまる公算多く、又焦眉の資金需要にも応ずることができる。もとよりこの場合、売主としては借入金返済の負担を忍ばねばならないが、その借入条件の如何によつては、以上のような利害得失衡量の上では、借入金の形態によるを勝れりとする場合が多かろう。しかもその何れの形態を選ぶかは、もとより契約自由の原則上当事者の任意であつて、後者における形態を前者によるものと擬制することはできないのである。

もともとこのような契約は、公序良俗にも反せず又どのような法条にも違反するものでない。売買代金として収入すれば、借入金の場合と異り将来返還する義務を免れるけれども、一時に多額の課税を受けて事業を潰滅させねばならないから国としては税源を涸渇させることになる。これに反し借入金として収入すれば、将来の返還義務は負担せねばならないけれども、一時に多額の課税を受けないために事業を存続させることができ、売買代金として収入した場合に課せられる一時的な税負担を将来分割して納付する結果となる。即ち無利子であるがため、利子を負担する場合に比較すれば利子相当額だけ法人税の課税益金、ひいては税負担が増加する。又借入金の長期割賦払は損益に関係のない支出であるから、法人税がこれによつて減少することがないことはもちろん、原告としては将来永く比較的苦痛を感ぜずに租税を納付することになる。売買代金を選ぶか、借入金を選ぶかは、契約自由の問題として当事者の自治に委ねらるべきものであり、なんら租税を逋脱するための脱法行為としてその効力を否定さるべきものではないのである。

(三)  原告は、右に述べたような一般的な借入金方式の傾向に従い、西川ビル建築にあたり別紙第二目録記載(西川ビル貸室契約借入金計五口)のとおり借入金をしたが、同借入金については現在据置期間が経過したので、それぞれの借入金契約に基き、左記のとおり現実に借入金の償還を実行している。

年度別

契約者

償還金

年度別

契約者

償還金

昭和二九年度

東邦レーヨン株式会社

千円

一、一〇四

〃三〇〃

千円

一、一〇四

八五六

〃三二〃

東邦レーヨン

一、一〇四

大日本セルロイド株式会社

四四六

三菱銀行

一、五〇〇

東洋曹達工業株式会社

三五〇

東洋曹達工業

三五〇

〃三一〃

東邦レーヨン

一、一〇四

東邦レーヨン

八五六

三菱銀行

一、五〇〇

大日本セルロイド

四四六

東洋曹達工業

三五〇

〃三三〃

東洋曹達工業

三五〇

東邦レーヨン

八五六

東邦レーヨン

八五六

大日本セルロイド

四四六

一三、五七八

この借入金については、さすがに被告も、据置期間中でも架空の借入金として否認するようなことはしなかつた。おそらくはこの借入金については、原告が借入金の方法によつてビルを建築することに利益を有していることを被告が認めたものであり、原告が有利な借入金の方法を放棄して不利な権利金(所得となる収入金)の方法を採るはずがないと被告が認めたものと考えられる。

ところで原告が本件物件を処分するにあたり四千五百万円の長期借入金をなしたのも、右のような借入金の構想経験にもとずくものである。すなわち、前述のとおり当時原告としては、どうしても少なくとも八千五百万円の資金の調達にせまられており、当時の金融情勢及び原告の財政状態よりして本件物件の外にその資金源を求めることはできなかつたところ、本件物件を右八千五百万円で売つたのでは売買差益に対する税額相当額(約二千七百万円と推定される)の不足額を生ずることになり、しかも目的物たる本件物件の悪条件と原告の資金需要が焦眉の急にせまられていた点から、右金額以上に本件物件を売ることは不可能な状勢にあつたから、原告の意図を挫折させないためには是非とも借入金の方法に頼るより外に途はなかつたのである。しかも原告としては、本件四千五百万円の返済が二〇年据置の五〇年にわたる長期の年賦償還、無担保無利息ということなのでこれを借受けたのである。すなわち償還開始の時期は西川ビルの建築資金としての借入金の償還が大部分終了した時を選び、毎年の償還額は西川ビルの大修繕等の経費を考慮しても確実に必ず償還できると予想された金額としたのであり、もとより本件借入金が真実の借入金であつて返済を考慮したからこそ右のような条件としたのであつて、もし売買代金を仮装したものにすぎず返済しなくて済むものならば、更に条件をきつくし、もつともらしい借入金の形としたであろう。しかも本件は、原告にとつて幸運にも白木屋と伴伝との間に前述のような特殊事情があつたため、相手方白木屋としても右のようなゆるい条件で本件四千五百万円の貸付を承諾したのである。

右のとおり原告は四千五百万円の借入金によつて急場を切り抜けて事業の存続を図つたのであり、これがまさに原告の利益に合致したのである。すなわち、右四千五百万円をも売買代金に含めることは原告にとつては危急存亡に関する不利益であつたのである。原告が進んで危急存亡に関する不利益な行為を行うとは一般的にいつても考えられないことである。

(四)  ビル建築の場合の借入金も本件借入金も、その経済的性質においてはもちろん法律的性質においても全く同一である。すなわち、本件物件が売買代金三千五百万円で売買され、これに関連し、右売費の一条件こそなしたがこれとは独立した運命に服すべき四千五百万円の貸借がなされたのは、ビル建築にあたり保証金その他の名目で建築主が借主よりなす長期借入金が、該ビルの賃貸借に関連しその一条件こそなすがその後の賃貸借関係とは独立した運命に服するのと同一である。したがつて、ビル建築の場合の借入金は会計理論に従い税務の取扱においても一般的にこれを認容しているにかかわらず、全く同性質の本件借入金についてはこれを一個の法律行為を売費と借入金という二個の法律行為に仮装したものとするがごときは許されない。

被告は、原告においてはもとより四千五百万円を返済する意思なく東横(白木屋)も亦返済を求める意思なきもので、当事間においては成功約款以上のあいまいなものとして感受されていたと主張するが、原告と東横との間には資本的つながり、役員の交流等はもとより何等親密な関係はなく、とくに東横は資本金十数億に達する近代化された大会社であつて、このような原告及び東横のそれぞれにおいて前述のとおり会計処理上四千五百万円が借入金、貸付金として処理されている厳たる事実があるのだから、被告の右主張は、当事者間の真意を恣に無視するもので不当である。

三、被告は、本件四千五百万円の借入金が真実の借入金であるときは、法人税法第三一条の三の規定により本件貸借行為及びこれにもとずく計算を否認し、右行為計算の否認される以上、被告のなした本件更正処分は結局適法に帰し維持されるべきものであると主張するが、このような主張は以下に述べるとおり失当である。

1.本件更正処分は、本件借入金を架空のものと認定し法人税法第二九条によりなされた更正処分である。

ところで、右法条による更正は、申告又は修正申告にかかる課税標準又は法人税額が政府において調査したところと異なるときにその調査に従つてなされる是正であるのに対し、同法第三一条の三による更正は、同族会社の行為又は計算で、その行為又は計算は政府の調査したところと異ならず真実であるか、右行為又は計算の結果を認容するときは法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められる場合に、その行為又は計算にかかわらず政府の認めるところに従つてなされる更正である。したがつて両者は、その要件を異にしかつ両立し得ないばかりでなく、後者には、法人税の負担を不当に減少させる結果となるかどうかという全く新たな要件が付加されているのだから、それぞれ別個独立の行政処分であるといわなければならない。そうだとすれば、本来抗告訴訟の対象とされている行政処分の適法性を裏付けるべき攻撃防禦法は、新たな行政処分としての性質をもつものであつてはならないこともちろんであるから、被告としては新たな行政処分としての法第三一条の三による更正処分をなした上で訴訟上訴の変更の方法をもつてこれを主張する以外に方法はなく、単なる攻撃防禦方法としてこれを主張することは事柄の性質上許されないといわなければならない。もつとも、行政処分の適法性を裏付ける理由か、別個の行政処分としての性質をもつ場合であつても、例外的に、先になされた行政処分がその中に別個の行政処分としての成立を可能ならしめるすべての要件を充足しているときは、そこにいわゆる違法行為の転換の理論を援用し、右転換された行政処分として適法有効なることを抗弁として主張しうるのであり、被告の主張はこの意味においてのみ是認されるのであるが、しかしこれとても本件の場合、法第二九条の更正と第三一条の三の更正とは要件を異にし互に両立し得ない場合であるから、もとより前者が後者の要件を満してはおらず、したがつて結局、違法行為の転換の理論を援用して右後者の行政処分としてその効力を維持することはできないのである。

2.原告が法第七条の二第一項第一号に該当する同族会社であることは認める。しかし、同族会社の行為又は計算否認の規定は、同族会社が首脳者又は一部少数株主によつて支配されることから、首脳者又は一部少数株主との取引又はこれらよりする若しくはこれらに対する会社財産の移転、支配を通じて会社の行為又は計算を自由に左右することができ、会社はこれによつて会社自体の租税を免れ又は首脳者に課せられる租税の軽減を計ることができる特質に着目して、その行為又は計算が事実に反したものでなく又法律に違反したものでもなく有効適法のものであつても、その行為又は計算が法人税の負担を結果的に不当に軽減するものであればこれを否認し得るものとしたのである。したがつてこの規定によつて否認され得べき行為又は計算は、同族会社に特有の行為又は計算でなければならない。けだし、単に同族会社であるというだけで非同族会社においてもなしうる行為又は計算を否認し得るとすることは、合理的な理由なくしてかえつて公平の原則に反することとなるからである。そして同族会社における特有の行為又は計算とは、同族会社の性格に照し、その社員との取引その他の関係より生ずる行為又は計算で、しかも非同族会社においても現われ得るもの(行為)又は程度のもの(計算)でないものをいうのである。ところで本件で否認の対象とされているのは原告の白木屋よりする四千五百万円の借入行為又はこれを借入金とする計算であるが、それは非同族会社たる白木屋との間の行為であつて同族会社とその社員との取引その他これに類する関係より生ずる行為ではなく、しかも非同族会社であつたならば社員間の利害調整に腐心するような行為又は同族会社であるが故に社員間の利害調整を離れて容易になし得た計算ではないから、同族会社に特有の行為計算とはいえず、したがつて法第三一条の三によりこれを否認することはできないのである。

四、よつて本件更正処分の取消を求める。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項は認める(但し、東京国税局長の審査決定を原告が受領した日が何時かは不知)。

同第二項については次のように答弁する。すなわち、被告が原告の計上した白木屋からの長期借入金四千五百万円は架空のものでむしろ本件物件の売却益とみるべきものであると認定して本件更正処分をしたことは認める。原告が白木屋との間に本件物件につき本件契約をなすに至つた経過は左のとおりであり、これ及び後述被告の主張に記載の事実に反する原告の主張は否認し、その余の事実は不知である。

原告は昭和二五年四月からその主張の場所に西川ビルデイングの建築を始めたが、同二七年二月に至り八千七百余万円にのぼる建築資金の不足を生じた。ところがこれに先立ち原告と伴伝商店との間に、本件物件に関し罹災地借地借家関係の非訟事件がおこり、東京地方裁判所では原告に有利な決定があつたが双方で抗告した結果、昭和二七年一月二二日東京高等裁判所では、原告に不利な決定、すなわち本件土地のうち二〇〇坪四合一勺について昭和二三年一月二二日賃貸人原告、賃借人伴伝商店間に建物所有の目的で期間一〇年とする賃貸借契約が成立したこと、本件建物のうち中央の一戸建坪一〇坪二階五坪について昭和二二年一月一一日賃貸人原告、賃借人伴伝商店間に賃貸借契約が成立したことが各確認され、右以外の借地借家の条件を定めるため同事件を原審に差戻し、右以外の抗告はいずれも棄却するとの決定があつた。ところが他方、白木屋はかねてから営業所拡張を企て隣接地たる伴伝の所有地を買収すべき交渉中であつたところ、前記伴伝商店と伴伝とは代表取締役を同じくする同系会社であつて、本件土地を白木屋が買収してくれるならこれと伴伝所有の前記隣接地とを等価交換してもさしつかえない旨申出てきた。そこで白木屋の代表取締役鏡山忠男が仲に立ち、原告と伴伝商店及び伴伝との間を斡旋した結果、昭和二七年八月二六日、原告が本件物件を白木屋に売渡しその所有権移転登記をすることを条件に伴伝商店が前記抗告審の決定で確認された借地権及び借家権(同商店が訴外大辻章作から譲受けた同人の原告に対する借家権を指す。)をいずれも放棄することとし、上記事件はすべて取下げるとの和解が成立した(甲第四号証)。そしてこの和解の際、その前提として、本件物件を原告が白木屋に売却し白木屋はこれを前記伴伝所有の隣接地及び同地上の建物(以下伴伝所有の物件という。)と無償で交換するという話合いが出来ていた。すなわち、同年同月九日白木屋と伴伝との間に、白木屋は原告からその所有にかかる本件物件を買取してこれが所有権取得登記を了した上、これと伴伝所有の物件とを無償で交換するとの契約がとりかわされ(乙第一号証)、ついで同月二六日原告と白木屋との間で原告主張のような本件契約が取りかわされたのである。そして同日、原告から白木屋への移転登記を省略して伴伝に対し直接所有権移転登記がなされ、同時に白木屋は原告に対し先ず五千万円を現金で、二千万円を約束手形で各支払い、ついで同年一一月二九日千万円を現金で支払つたが、いずれも帳簿上物件代又は売買代金として記帳したのである。

二、被告の主張

(一)  本件長期借入金は実質的にみて本件物件譲渡の対価であり、当事者の真意においても借入金とみるべきものではない。

本件の中心問題は、本件金銭の授受が本件物件の譲渡と実質的にいかなる関係にあるかということであるが、もし三千五百万円のみが本件物件の売買の対価であつて四千五百万円は同物件の売買とは無関係に交付されたものであるなら、これを物件譲渡の対価(所得)として課税すべきでないことはいうまでもない。しかしそれが本件物件の売買と密接不可分の関係にあり実質的には物件譲渡の対価であるなら、課税上これを看過することはできない。

そこで先ず、原告が本件物件の売買代金として取得したと主張する三千五百万円を本件物件の時価と比べてみるに、同物件の対価としては著しく安過ぎるものといわねばならない。すなわち、本件土地(但し実測面積は合計四一六坪九勺である。)は、電車通りに面した角地で日本橋屈指の商業地に位するのであるから少くとも更地価格として本件契約成立当時の時価は坪当り七十万円を下らないものと評価することができる。ところが、同土地上には、その一部(二〇〇坪四合一勺)について伴伝商店のため借地権が設定されており、それ以外にも、同土地上の建物について、同商店外七名が各戸に分れて賃借使用している(その賃借家屋の敷地面積は合計一二九坪五合五勺である)。。このためその土地の値段(底地価格)は、それだけ安くならざるを得ないが、この割合は、借地権が更地価格の七、八割を占め、残り二、三割がその土地の底地価格であるといわれている(なお、原告も前記非訟事件の際、右割合を八対二として主張している)。故に前記総坪数に七十万円を乗じた額から借家権借地権の設定されている坪数(計三二九坪九合六勺)に七十万円を乗じた額の八割を差引けば、本件土地の底地価格は一億六百二十三万三千四百円となる(なお、本件物件中建物は、昭和二二年中に急造されたバラツク建であり、右土地の価値に比べればいかほどの値打もないので、一応それを抜きにして計算した)。だから原告主張のように三千五百万円のみが本件物件売買の対価であるというのは、あまりにも取引の常識に反するものといわざるをえない。

ところで原告も、本件物件の譲渡は右三千五百万円のみでなされたものではなく、これと四千五百万円とは密接不可分の関係において授受されたものであることを自認している。したがつて、四千五百万円を抜きにして三千五百万円の金銭給付のみで本件物件を譲渡するつもりでなかつたことは明らかである。いなむしろ原告は、本件物件を譲渡する代償として八千万円以上の反対給付を主張してやまなかつた。これに対し白木屋としても、本件物件の価値として八千万円は決して不当に高いものでなかつたから、結局本件物件を取得するのに八千万円の支出は相当なものと考えたのである。だから、原告に後述のような特別の理由がなかつたら、通常はこの八千万円で本件物件の売買が成立したであろうと考えられる。ところが本件契約書では、右八千万円を著しく下廻つた三千五百万円を代金として給付し、残り四千五百万円は無利子無担保、二〇年据置、二〇年後から五〇年間にわたり元本を年賦均等償還するという条件で貸付けるという取決めがなされている。しかし、いやしくも物件の売買にあたり、その時価を著しく過少に評価してこれを代金となし、過少評価分に相当するものを後述のように取引通念上甚だ異例な内容の長期借入金という形態で給付するよう定めることは通常ありえないことである。もしかかる取引が行われたとすれば、それには特別な理由か意図が伏在していたものとみるべきは当然であつて、又その取引の実体を見極めるためには名目的形式にとらわれずその実質に着眼してこれを判断すべきことはいうまでもない。すなわち、原告が縷々主張するところによれば、原告は本件取引において必要やむなく本件物件を白木屋に売渡すこととなつたが、それにはその代償としてあくまで八千万円以上の金銭を取得したいと考えた。ところがそれを売買代金として取得したのでは売買差益に対する租税負担が多額となり税金相当額の不足を生ずるため、いきおい原告の右意図は挫折せざるをえない。そこで、このような事態を防ぐため、ビル建築の際ビルの借室希望者から調達する借入金の形態をここにとり入れ、八千万円を前記のような長期借入金の形態で取得するならば売買代金として取得する場合と異り一時に多額の課税を受けないですむから、当初の意図の実現に支障を来さないものと考えた。かくて、ビル建築の際借入金の構想と自己の西川ビル建築に際しての借入金の経験を生かし、本件物件の対価を取得するのに借入金という形態をとることとなつたのである。してみれば、かかる長期借入金という形態での対価の支払は、原告において租税を回避しこれにより西川ビルの建築を遂行せんとしたものというべきであるから、かかる借入金なるものはあくまで租税回避のための名目上のものといわねばならない。故にこの取引を実質的にみるならば、四千五百万円の授受は本件物件の売買と密接不可分の関係にあることはもちろん、経済的には三千五百万円と相合して本件物件譲渡の対価であるといわざるをえない。

のみならず、本件長期借入金には取引通念上甚だ異例の返済条件が付けられている。すなわち、四千五百万円もの大金を貸付けようというのに、無担保無利息、二〇年間は据置、二〇年後から五〇年かかつて毎年九十万円ずつ元本を返済するというのである。さような条件を付した金銭の授受が、はたして経済通念として借入金たる範ちゆうに属するものといえるであろうか。普通、金銭貸借においてはその確実迅速な返済を確保するのが通常であり、そのため担保を提供させたり保証人を立てしめたりするのが常識である。僅かな金銭ならともかく、四千五百万円もの金をなんらの担保もとらず貸付けるということは商事会社の貸付としては甚だおかしい(因みに、白木屋は本件八千万円を原告に給付するため株式会社三菱銀行及び朝日生命保険相互会社から白木屋デパートの土地建物を担保として、それぞれ日歩二銭四厘及び三銭二厘の金利で四千万円及び一億一千五百万円を各借受けているくらいである)。そればかりでなく、一、二年ならともかく、二〇年間も元本の返済をうけず、しかも無利息で貸付けておくというのは、経済人の常識としてとうてい考えられないところである。(なお、原告が本件借入金と同類のものと主張する西川ビル建築のための借入金についてみても、上記のごとき非常識な返済条件はついておらず、これと比較しても本件長期借入金がいかに経済法則を無視したものか容易に理解することができよう)。詳言すれば、白木屋は原告に八千万円を給付するため右記のとおり高利で銀行等から借入れている故、二〇年原告から何らの償還も受けないとすれば、二〇年後には、低利の日歩二銭四厘を採つても複利計算により元利金二億四千三百万円余の負担をしなければならない計算になる。そしてたとい二一年目から九十万円ずつ五〇年間返済を受けたとしても、やはり最終年(当初から通算して七〇年後)には元利金百五十五億七千五百万円余という莫大な負担を免れることはできないのである。このような莫大な不利益を甘受しなければならないような貸付金を通常の経済人がそれでもやはり金銭貸借として給付するものであろうか。いな苟も普通の経済人なら、これをしも「借入金」とは何人もいわないであろうことは明白である。

だとすれば、原告から本件売買代金の一部四千五百万円について、右の如き経済通念上甚だ異例に属する長期借入金という形態にしてほしい旨の申入れを受けた白木屋側として、これをそれでも名実ともに「借入金」であると考えたであろうとは到底想像しえないところである。もつとも、原告からかかる条件でなければ契約書に応じないと謂われれば、白木屋としてもそのために何らかの不利益を蒙るものでない以上これを拒否しあくまで売買代金八千万円でなければ困るとはいわないであろうことも容易に推察できるところであるが、しかしさればといつて、この長期借入金につき、二〇年たつたら必ず毎年九十万円ずつ返してもらわねば困る、返してこないときはあくまで請求してでも返済を要求するという気持でこの取決めをしたのかというと甚だ疑わしい限りである。恐らくそれは、いわゆる成功約款以上のあいまいなものとして感受されていたものということができよう。さればこそ白木屋は、かかる契約書にもかかわらず、前記五千万円、二千万円及び千万円を原告に対し支払うにあたつて、いずれも物件代として振替伝票に記帳しているのである。一般に振替伝票は、会社経理上、その支出金銭の性質を最も単的に示す帳簿であるといわれている。したがつてかかる性格をもつ振替伝票に物件代として記帳しているということは、とりもなおさず白木屋側では、本件金銭の授受についてこれを経済通念上「借入金」と観念せず、本件物件を取得するための対価すなわち物件代として観念していたことを如実に物語るものといわねばならない。はたしてしからば、白木屋として当時真実、二〇年たつたらこの四千五百万円を返してもらう意思であつたかどうか甚だ疑わしいばかりでなく、上記の諸事情をかれこれ考慮するなら、この四千五百万円につき白木屋が原告に対し返還請求権を取得し他方原告が白木屋に対し返還義務を負うという確約が真実成立していたものとは、とうてい考えられないといわざるをえない。

故に四千五百万円を借入金として将来返済するという取決めは、当事者の真意に合致しているものとはいいがたく、原告の租税回避の目的を達成するための単に表面上の名目的な取決めという外はない。とすれば原告が本件物件売却により取得した所得は、まぎれもなく前記三千五百万円と右四千五百万円とを合せた八千万円の金銭であるということができるから、被告が、本件取引に関し原告に八千万円の譲渡所得があるとして課税した本件更正処分は全く適法なものといわねばならない。

なお、原告はビル建築資金の調達方法としての借入金が課税の対象とならない以上、本件長期借入金もまた課税さるべきでないと主張するが、この考え方は、両者の本質を混同するも甚しいものといわねばならない。けだし、ビル建築のため借室希望者から建築資金にあてるための金銭を借入れることは、ビルの借室契約の本質的内容をなすものではない。この借室契約の本質的内容は、あくまで借室者が賃貸人からビルの或る室を借受けこれに対し借室料を支払うことに外ならない。換言すれば、ビル建築資金を必要とするなら、なにも借室希望者から常に必ずビル建築借入金を調達しなければならないものではない。銀行その他から融資を受けても可能なことである。又借室者のことごとくからビル建築借入金を調達しなければならない必然性があるものでもない。もつともビル借室者の多くは、銀行その他の大会社であろうから、将来のビル利用を機会にビル建築資金を融通してもらうことは十分考えられることである。しかしだからといつて、それが直ちに借室契約の対価的関係を構成するものということにはならない。しかも原告が、東洋レーヨンその他から借受けたビル建築借入金の借入条件と本件長期借入金とは、その実質自体も著しく異なる。前者は、一、二年の据置期間はあつても普通の金利で借入れられ、その返済も概ね経済法則に従つて行われている。しかし本件長期借入金は、前述したように、全くあらゆる点で経済法則を無視した甚だ異例なものに外ならない。だから、被告が前記ビル建築借入金を容認したのは十分理由あることであるが、それ故に同じく借入金である本件長期借入金についても課税上同様の取扱をなすべきものとする原告の主張は、両者の本質及び実体を見誤つたものといわねばならない。

(二)  仮に右の主張が理由がないとしても、本件四千五百万円の借入金の約定は、これを容認した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となるものであるから、法人税法第三一条の三の規定に徴し当然否認さるべきものである。よつて本訴において予備的にこの点を主張する。

すなわち、原告は同法第七条の二第一項第一号に該当する同族会社である。ところで原告は本件取引において、租税回避を目的として長期借入金四千五百万円の形態を採るに至つたのである。しかしその実質はあくまで本件物件譲渡の対価を構成しているものであつて、もしこれを原告の行為計算のままに容認した場合には、法人税を不当に減少させることは多言を要しない。けだし前述のとおり本件は普通なら八千万円を売買代金とする物件売買として行われたものと考えられるが、原告に租税回避の目的があつたため、うち三千五百万円のみを売買代金とし、他の四千五百万円を前記のような内容の長期借入金という形態とし、これにより約二千七百万円相当の課税を回避しようとしたものである。したがつてもし被告が原告のかかる行為計算をそのまま容認するならば、課税の公平負担の原則に反することとなる。だから課税の公平を期するためには、当然原告の上記行為計算を否認すべきことはいうまでもない。故にこの点からも被告の本件更正処分は適法である。(なお、この同族会社の行為計算否認のため、本件借入金契約が取消されたり無効となつたりするものではない。又借入金を売買代金と擬制せんとするものでもない。私法上の効力は右行為計算の否認にもかかわらず依然存続し、したがつて当事者双方はその取決めた契約が真実である以上はこれに拘束され、契約どおりの権利義務を取得しているわけであつて、行為計算の否認はあくまで課税上の問題にすぎない。)

原告は、右のような被告の主張はいわゆる行政法上の違法行為の転換にあたるものであるがかかる転換はその要件を具備しないから許さるべきではないと主張する。しかし、被告はそのような違法行為の転換を主張しようとするものではない。けだし違法行為の転換は、私法上の無効行為の転換を公法上類推適用しようとするものであるが、無効行為の転換とは、或る無効な法律行為が他の法律行為としての要件を具備している場合に、当事者が前者の無効を知つたとすれば後者の法律行為を欲したであろうと認めうる場合に後者の法律行為としてこれが法律効果を生ぜしめようとするものである。したがつて右はあくまで実体法上一つのの法律行為を他の法律行為に転換するものであつて、以下に述べるような訴訟法上の攻撃防禦としての予備的主張と混同すべきではない。本件で被告が主張しようとするのは、先ず原告が白木屋となしたと主張する不動産売買及び金銭貸借契約は代金八千万円の売買という一個の法律行為を三千五百万円の売買と四千五百万円の長期借入金という二個の法律行為に仮装して主張するものであるからこれが物件譲渡の対価として八千万円を収得したものと認定すべきことを主張し、次いで、仮に然らずととするも、かかる契約は同族会社が租税回避のためになした行為であるから課税上否認し、なお物件の対価として八千万円を収得しおるものと主張するのである。故に被告の右第一次及び予備的主張は、いずれも本件課税処分の適法性を支持し理由づけるための防禦方法であつて、実体法上第一次の主張で根拠づけた課税処分を他のこれと異つた行政処分(課税処分)に転換して後者の行政処分として適法かつ有効性を主張せんとするものではない。されば、以上の第一次及び予備的主張の何れによるも、本件行政訴訟の対象となる課税処分(ないし課税権)には何らの異同をきたすものではなく、終始同一の行政処分(原告が本件不動産を処分して八千万円の対価を得たことに対する課税権の行使)の適法性を主張しているものに外ならない。このように、本件は実体法上の違法行為の転換の問題ではなく、訴訟法上の攻撃防禦の方法に関するものであるから、原告のこの点の主張は、その前提の立論を誤つたものというべきである。なお、法第三一条の三による行為計算の否認は、法第二九条等により更正ないし決定をなす際の計算方法にすぎず、原告主張のように法第二九条の更正処分とは別個独立の行政処分と観念すべきものではない。

次に、原告は同族会社の行為計算の否認は同族会社とにその社員との社員取引その他の関係より生ずる同族会社に特有の行為又は計算につき限らるべきであり、同族会社とこれらの特殊な関係を有しない者との間になした行為については否認することができないと主張する。しかし法人税法第三一条の三で否認できる行為計算は、同族会社に対し社員その他の特殊な関係ある者との間になした行為に限らるべきいわれは全然なく、同族会社のなした行為又は計算であれば、その相手方が原告主張のような特殊関係を有しないものであつても、それが租税回避を目的とするものである限りこれを否認することができるのである。行為計算否認の対象となるような租税回避の行為は多くの場合そのような特殊な関係を有する者の間において行われるというだけであつて、法文の解釈上同族会社の行為計算の否認を同族会社と原告主張の如き特殊関係ある者との間になした行為に限定される理由はない。

(証拠省略)

理由

請求の原因第一項の事実(ただし、原告が東京国税局長の審査決定の通知を受けたのが原告主張の頃であることは、成立に争ない甲第二号証の上に施された原告の受付印の日付によつてこれを認める。)並びに原告と白木屋との間に昭和二七年八月二六日「原告は別紙第四目録記載の本件物件を代金三千五百万円で白木屋に売渡し、同時に白木屋は原告に四千五百万円を貸付ける。同貸付金は二〇ケ年据置き二一年目の昭和四八年八月二〇日を第一回目とし以降毎年八月二〇日限り百分の二に相当する金額を償還する。同貸付金は無利子、無担保とする。」旨の契約書(甲第三号証)がとりかわされ、これにもとずき原告が右四千五百万円を白木屋からの借入金として計上し確定申告したものであるところ、被告は、右借入金が借入金としては架空のものでむしろ本件物件の売却益とみるべきものであると認定し、原告の所得計算上これを加算して本件更正処分をなしたものであることは当事者間に争がない。

原告は、被告が本件更正処分にあたつてなした加算除算のうち右借入金を除くその余の計算の当否についてはこれを争わないと主張するので、本訴の争点は、右借入金が原告の所得計算上加算さるべきもの、すなわち被告の第一次的主張に従えば、右借入金が架空のものでむしろ本件物件の売却益とみるべきもの、となし得るかどうかの点に帰するわけである。

ところで、原告が白木屋との間に前記本件契約書をとりかわすに至つたいきさつについては、成立に争ない甲第四号証、乙第五号証の一、二、同第六ないし第八号証、証人藤本利男、同福井栄次郎、同中田専二の各証言、右証人中田の証言により成立を認める乙第一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、次のように認めることができる。

原告は、その主張の場所に昭和二五年頃から建築を始めた西川ビルデイングの建築資金に不足を来し昭和二七年二月頃にはその額八千五百万円以上に達したので、この資金を捻出するためにはその所有の本件物件を他に売却処分するより外ない窮状にあつたが本件物件のうち建物には伴伝商店外七名の借家人が居り、しかも同年一月には東京高等裁判所において、本件物件に関し伴伝商店との間に、第一審裁判所の決定とは反対の原告に不利な決定、すなわち被告主張のような内容の伴伝商店のための借地権、借家権を確認する趣旨の決定がなされるに至り、本件物件の処分は原告にとつて難行を思わせられたところ、他方白木屋は、かねてより営業所たる白木屋デパートの拡張を企てそのためには隣接地たる伴伝の所有地を買収することが必須の条件であつたところから伴伝のため営業用替地を極力物色中であつたが、たまたま前記伴伝商店と右伴伝とは代表取締役を同じくする同系会社であつて、本件土地を白木屋が買収してくれるならこれと右伴伝所有地とを交換してもさしつかえないとの意向を有したところから、前記のようなそれぞれの必要に迫られていた原告、白木屋の双方がこれを幸いとし、双方に出入りの不動産仲介業者である訴外藤本利男を介して、同年春頃から本件物件の売買につき交渉がもたれ、双方の売る買うの意思は一致していたが双方の言い値(代金額)をめぐつて交渉が重ねられた結果、数ケ月を要して同年七月ないし八月初めに至りようやく白木屋側が原告側からの八千万円以下には下げられないとの要求を呑んでここに八千万円ということにまとまつたのであるが、この間、右八千万円と決まるまでに、原告側としては少くとも八千万円の金額の入手がなければ手放せないとの意思が確固たるものであつたのに対して白木屋側から八千万円は支出するが右金額は本件物件の買受代金としては高すぎるからその一部は貸付金にしてほしい等の申出をする等、右八千万円の全額を売買代金とするのではなくその一部は貸付金ないし借入金とするのだという趣旨の話合いが持出されたようなことは、双方のいずれからも全くなかつた、それというのも、白木屋としては、一面において対価の可及的に安価なることを願うのは当然のことながら、しかし他面においては、自己のデパート拡張計画の達成という焦眉にして不可避な目的を実現するために、止むを得ず伴伝に無理をいつてその営業地たる所有地から他に移転してもらうという立場にある者として、しかも伴伝と伴伝商店との特殊関係からする好条件を備えた本件物件の買入を逸しては、他に伴伝の営業用替地としてより好条件の土地を求め得る見通しも全くつかなかつたこの場合としては、多少の犠牲は忍んでもともかく是非本件物件を取得しなければならないものと考えたからであり、又、契約上の買主は白木屋自身であるものの実際上伴伝のための土地であるところから値段の接渉にあたつては実際上伴伝の意思を訴外藤本を介して反映させ、白木屋はかくして決まつたところに従つて金を出すというより以上に強い立場にはなかつたからであり右八千万円の出費を承諾したについてのおよその胸算としても、約一六〇坪ある伴伝所有地を坪当り百万円(当時としては過大であつたが)と評価した合計一億六千万円という金額程度の出費は伴伝の替地を獲るためには止むを得ぬ出費と考え、本件物件の買主負担とされる借家人に対する立退費用の見積額約八千万円(結果的にはこれより多額の立退費用を要したのであるが、当時の見積りとしては)も含めて合計右一億六千万円程度の範囲内で、すなわち原告に対しては右立退費用見積額との差額八千万円を支払つて本件物件が取得できるのなら好かろうとの計算ができていたからである。以上の交渉はもつぱら前記藤本が間に立つてこれをなしたのであるが、右のとおり双方の言い値が八千万円に落着するに至つたので、同人は、以後の残された問題である正式な契約書とりかわしといういわば事務的処理と考えられたことはこれを双方間の直接交渉に委ねることにし双方に引継いだものであり、かくてまず同年八月九日には、白木屋と伴伝との間に、白木屋は原告から本件物件を買収してこれが所有権移転登記を了した上これと伴伝所有の物件とを無償で交換する旨の契約書(乙第一号証)がとりかわされたのであるところ、この段階に至つて原告は、自らの手許で本件物件売買契約書の案文を作るにあたり、前記白木屋との取決めにかかる八千万円を全額売買代金としたのでは売買差益に対する租税負担が多額となり税金相当額の不足を生ずることとなつて、当初の西川ビル建築資金の不足をまかなうことができなくなつてしまうところから、もつぱら右租税負担を免れる目的で、その方法として、本件物件の再評価した原価が三千二百万円程度と計算されるところからして右八千万円のうち三千五百万円のみを売買代金とし、その余の四千五百万円はむしろ白木屋からの長期借入金とすることにし、その内容をしたためた契約書(前出甲第三号証)を自らの手許で作成したうえ、藤本を通じてこれを白木屋側に廻しこれに調印してくれるよう頼んだのに対し、白木屋は、従前の交渉の過程においてはもちろん原告が右案文を作るに際してもかつて相談をうけたことのなかつた右のような内容の売買代金と貸付金とへの振分けの契約書を突然示されたのにもかかわらず、振分け額の当否、貸付の条件等について敢て原告側に問合せたり希望を述べたりすることも全くなく原告に請われるままに、すなわちもつぱら税金対策上このような契約書内容にした原告の意図を暗黙に了解のうえこのことをいわば単に腹におさめて、同年八月二六日これを調印し、原告も続いて調印したという次第で、なお原告と伴伝商店及び伴伝との間に、原告が本件物件を白木屋に売渡しその所有権移転登記をすることを条件に伴伝商店が前記抗告審で確認された借地権、借家権をいずれも放棄し、上記事件はすべて取下げる旨の和解契約書(甲第四号証)が右同日とりかわされ、かくて右同日原告から白木屋への本件物件の所有権移転登記を省略して直接伴伝に対し所有権移転登記がなされ、同時に白木屋は原告に対し先ず五千万円を現金で、二千万円を約束手形で支払い、ついで同年一一月二九日千万円を現金で支払つたが、いずれも帳簿上物件代又は売買代金として記帳したのである。

右のように認めることができ、更に、証人藤本利男の証言、これにより成立を認める乙第二号証の一、二、同第三号証の一、二、同第四号証の一、右証言により藤本利男の事後の黙認に基き大原軍次が作成したものと認める乙第二号証の三、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二号証の四、同第三号証の三、同第四号証の二、ないし四によれば、本件売買契約成立後、白木屋ないし伴伝の代理人として本件建物の借家人との間にその立退きの交渉をした藤本利男が、借家人にそれぞれ立退き料を支払うにあたり、作成とりかわした立退契約書の内容は、あたかも本件契約書におけると同様、その全額を立退料とはせず一部はこれを当該借家人からの借入金とし返済の条件等も決めてあるにかかわらず、双方の真意はこれをあくまで立退料として授受するものでそれ以上の意味、すなわちその一部はこれを真実借入金とする意思は全然有しなかつたものであることが認められるのであり、証人藤本利男、同福井栄次郎、同中田専二の各証言中、以上の認定に副わない部分は採用することができない。

以上に認定した事実になお証人中田専二の証言を合せ、更に、成立に争ない乙第九号証及び弁論の全趣旨からして八千万円という金額が借地権等の存在を考慮してもなお当時の時価に較べれば本件物件の対価として高すぎることはないと推測されること、本件契約書に示された四千五百万円の貸付金の条件が一般取引通念からして甚だ異例のものに属すること等をも合せ考えれば、本件物件の売買に関連して八千万円の内金四千五百万円は借入金とする旨の本件契約書が原告、白木屋間にかわされた事実にもかかわらず、この借入金の契約部分は、八千万円が売買代金としては高すぎるからその一部は貸付金とする趣旨で、従つて貸主たる白木屋とすれば必要な場合には法律上の手段に訴えてでも将来の返済を期する等契約の履行を確保する意思でこれをなしたものでないのはもちろんのこと、前記認定のようにもつぱら原告の税金対策上その要請のまま調印したものにすぎない白木屋としては、原告が将来契約書記載のような条件に従い真実償還を実行するか否かには関心を有せず、すなわちそのようなことは全く原告の意のままにまかせる心算以上の意思を有せずしてこれをなしたにすぎないものと認めることができるから、少なくとも白木屋側のこのような内容の意思はもはや意思表示の有効要件たるいわゆる効果意思とはいえないと解すべきであり、その意味で右借入金に関する契約部分は、少なくとも白木屋側の効果意思はこれを欠くものとして無効なものと解すべく、従つて本件物件の売買は訴外藤本利男が双方の間に立つてまとめた前記八千万円をそのまま売買代金として成立したものと認めるべきである。成立に争ない甲第一一号証ないし第一三号証によれば、白木屋が当初八千万円を建設仮勘定中の物件代として帳簿処理していたのを、原告主張のように、昭和三〇年七月に至り内金四千五百万円を本勘定に移して長期貸付金に振替え、以後長期貸付金として帳簿処理していることが認められるが、右帳簿処理を変更するに至つた時期等からしても、このことが直ちに前記認定を左右するに足るものとは考えられず、他にもそのような反対証拠は見当らない。

してみれば、原告が所得計算上計上した白木屋からの四千五百万円の借入金はむしろ本件物件の売却益とみるべきもので、借入金としては結局架空のものであることは、以上の認定に徴し明らかであるから、被告が原告の所得計算上これを加算してなした本件更正処分は違法でないといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

(別紙目録省略)

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